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東大入試「ただの計算問題」に隠された意味

東大入試「ただの計算問題」に隠された意味

 

 

東大が入試で計算問題を出した!

 

明日からついに国公立大学の二次試験ですね。全国の受験生の皆さんが全力を出せることを祈ってやみません。

 

さて、突然ですが、「東大の入試問題のメッセージ性」について皆さんは考えたことがあるでしょうか?

各教科で出題される問題がその年の社会問題や教育の問題に示唆を含んでいるのではないか、と受験界隈では話題になることが多いのです。

 

例えば、ゆとり教育は2000年代に入ってからです。そして、ゆとり教育では円周率が3.14から3だとするようになりました。

 

教育指導要綱の改定があった2000年代前半、東大の数学の入試問題で、2年続けて円周率に関する話題が出ました。2003年理系第6問と2004年理系第5問です。さらに、どちらも円周率の下1桁以下を評価の対象とする問題だったのです。この出題の後では、「東大が円周率の教え方に警鐘を鳴らしている」などの憶測が飛び交いました。

 

その年その年で様々な話題を提供してきた東大の問題。そんな東大の問題で近年、大きく問題の傾向が変わった、と話題になった問題がありました。それが、2019年理系第1問です。一体なぜ話題になったのでしょうか?それが、計算問題だったからなのです。

 

 

 

計算問題を出した真意とは?

 

当時私は東大を志望しており、受験勉強に励んでいました。もちろん、東大の過去問はチェックしており、今年はどのような問題が出るのだろうか? 大きな傾向変更があれば、それに自分の年の問題が影響を受けるかどうか、受験合格に向けて非常に気にしていました。

 

 

問題を見てみると、なんと第1問に上記のような計算問題が出題されたのです。

 

私は大変驚きました。東大といえば、計算問題ではなく、1行問題や、解いている過程で巧く罠を設置しているイメージが大きいと思っていました。

 

しかし、単純に計算問題を出してきたのです。他の私立大学や京大など、計算問題を定期的に出題する大学はあります。しかし、東大は頑なに計算問題を出してこなかったのです。

 

なぜ東大が計算問題を出題したのか。さまざまなことが考えられるかと思います。

 

昔に比べて受験生のレベルが落ちているから。または、受験生の選抜を行うためにさまざまな問題を配置したかったから。さらには、実際に入った東大生の計算能力に疑問符があったから選抜の段階で確かめようとしたから。受験数学に関わっている人それぞれが理由を考えたかと思います。

 

基本的な考えとしてはやはり、昨今の受験生のレベルとして、計算問題で計ることが適切だと捉えたからなのかもしれません。

 

 

 

社会との関係性

 

しかし、私は別の角度からこの問題の意図を探るべきなのではないのかと考えています。それは、「計算ができることが、勉強した証になる」ということです。

 

現在の社会状況を考えてみましょう。まず、数十年前に持ち歩きのできる計算機が市場に売り出されました。その後、スマホが誕生しさらに単位の換算や量の比べ方などの数に関して、簡単に調べることができ、さらに自動で計算を行ってくれるようになりました。さらには、キャッシュレス化が進み、財布からお金を出す機会も一方的に減りつつあります。

 

 

この急速なデジタル化の流れが私たちの日常生活から「計算」を奪っている、ということに皆さんはお気づきでしょうか?

 

社会が便利になっていることはもちろん歓迎すべき点であると私は思います。しかし、それによって私たちの生活から何がなくなっているのか、どんなメリットがそこにはあったのか、を一旦立ち止まって考える必要があると思います。

 

計算能力とは数学において基本的かつ基礎的であることは言うまでもありません。昔から、100ます計算や計算ドリルなど小さい頃から計算の練習は学校で教育の一環として行われていました。

 

しかし、それだけではなく、身の回りには計算を考える機会があります。先ほども触れたように、お金の計算は最も身の回りに溢れた計算練習の機会です。四則演算を目安算で大まかに捉える練習というのは、買ったものの合計で足し算、消費税の計算で掛け算、お釣りの計算では引き算、のように日常生活の中に隠されていたのです。

 

しかし、今はそれがありません。キャッシュレスの場合はお釣りが発生することはありません。さらに様々な小銭を組み合わせて支払うこともありません。組み合わせの概念や四則演算を考える必要がなくなっているのです。

 

 

 

計算を「お勉強」してきましたか?

 

この社会変化に対応して出題したのが、2019年の問題だったのです。

 

今までは計算の概念というのは、勉強するものではなく、身の回りの社会から吸収して、なんとなくコツを掴むということも可能でした。しかし最近は、学校で「意識的」に学習することを通してでしかコツを掴むことが難しくなっています。

 

ここに注目すると、たった一問の計算問題の出題によって、受験生に数学をどれだけ勉強していたのか、を問うことができるような世の中になったのです。

 

すなわち、計算を主体的に学ぶことをしなければ、計算能力を身につけることができない社会になっていることに気づいてね、という東大のメッセージだということも受け取ることができます。

 

キャッシュレスやデジタル化など、便利な社会をただ利用するのではなく、その裏に隠されて消えたものに目を向けて生活してみると、案外失いかけた能力を取り戻すきっかけになるのかもしれません。私は、計算能力は今こそ主体的に身につける能力であると思うのです。

 

山田亮進のプロフィール画像

山田亮進

リアルドラゴン桜プロジェクト講師。主体的に勉強する楽しさを伝えるため日々奮闘中。オンライン授業の毎日で、生活は完全なニート状態。