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主体的『と評価』されるテクニック

主体的『と評価』されるテクニック

皆さんはじめまして。東京大学理科Ⅱ類所属の山田亮進と申します。普段は大学で勉強をする傍ら、リアルドラゴン桜プロジェクトの講師として主に関東圏の高校にお邪魔して、経験してきたことを高校生にお話しさせていただいております。

 

リアルドラゴン桜プロジェクト(以下、リアドラ)とは、生徒1人1人が学校生活の中で目標を見つけ、目標に向かって行動することを後押しするため、多様な東大生が高校に足を運び「勉強」を大きなテーマとしながら授業を1年間行うプロジェクトです。スタディサプリ、漫画「ドラゴン桜」、株式会社コルク、カルペ・ディエムがチームとなって運営を行っています。

 

主体性メディアの当サイトには、他にもさまざまな方面で活躍しているライターが経験をもとに記事を書いています。その中で、私は、リアドラのプロジェクトに関わっていることもあるので、学校、もっと一般的に集団生活における主体性について記事を書こうと思っています。

 

超固定化された人間関係から得たノウハウ

簡単に私の中高生活についてまとめておきます。

 

私は、共学の中高一貫校出身です。6年間同じ人間と共同で生活していました。さらに、勉強を非常に重視する学校だったので、高校は部活も課外活動もNG、さらに18時過ぎまで平日は学校の授業があり、土曜日も15時頃まで授業がありました。朝は8時から授業が始まるので、平日は10時間以上にもわたって全く同じ人間集団の中で生活をしていたこととなります。

 

一般的にこの長い年月の間、1つの人間集団が固定的であるのは異常です。会社であれば人事異動があります。他の学校であれば、部活や課外活動の社会で別の人間集団に属することがほとんどです。

 

こんな異常な環境だからこそわかったことがあります。超固定化された環境で主体的という評価を得るためには、集団の内と外という二分割でそれぞれアプローチしていくことが重要であると私は結論づけました。

 

このような集団の中で私は「クラスのまとめ役」「頼もしい」「なんでもやってくれる」という評価をクラスメイトからも、先生方からも受けていました。あだ名が「担任」になったこともありました。当の本人は嫌でしたが。

 

これだけを書いてしまうと、いかにも主体的に率先してクラスをまとめた人のようなイメージになってしまいます。しかし、性格は臆病で、自分の考えよりも人からの指示で動く典型的な指示待ち人間です。その一方、周りと同じように群れるということが非常に苦手で、集団の中で少し浮いた存在になりがちな性格だともいえます。

 

こんな人間、主体性のかけらもありません。浮いた人間というのはいじめの格好の対象になりがちです。これを防ぐためには、集団から一歩引いた、しかし好意的に浮いた存在にならなければいけない。すなわち、リーダーとして浮かなければいけなかったのです。

 

そのためには主体的に行動を起こしていかなければなりません。そうは言っても、臆病なので周りからの目線は気になります。そんな背景を抱えながら、私は私自身の性格を克服して、主体的な行動を起こせるようになりました。正確には、主体的だと評価されるまでになりました。

 

今回はその過程を、3段階に分けて紹介したいと思います。

 

仲間とはまんべんなく話す

第1段階の目標は集団内の特定のグループに属さないことです。そして実際にやったこととしては、全ての集団内のグループに属することです。

新しい集団の中に入ると、多くの場合、いくつかのグループが形成されます。中高であれば「仲良しグループ」のように遊んだり、一緒に帰ったりすることの多い友達がクラスの中にできます。

 

このとき、共通の趣味があると、より強い結束がグループの中に生まれます。この結束の中に閉じ込められないようにするのが最初の目標です。

 

しかし、1人で孤立する、というわけではありません。経験者は語る、ではありませんが、孤立してしまうといじめられたり、疎外感を味わうのでとても辛くなってしまいます。ここでのポイントは、「全てのグループに出入りできるようにしておく」ことです。

 

とはいえ、どのグループにも出入りするというのはなかなか難しいと感じるかもしれません。それは、そのグループの中でのトレンドや趣味など、範囲を広げる必要がある様に感じるからなのだと思いますが、実は一概にそう言えるとは限らないのです。

 

私は簡単なフレーズ2つを使って対応していました。1つ目は、「へぇ、そうなんだ!」で、2つ目は「知らなかった!面白そうだね!」というフレーズです。

 

これら2つはどちらも、相手の話を興味を持って聞いているアピールをしています。ポイントは相手の知識量マウントを素直に受け入れて、自分が知らないことをはっきりと認めることです。

 

今の社会では、多様化が肯定的に叫ばれており、共通の趣味を持つ相手を探すのは至難の業です。この代替案として、「うんうん、そうなんだ」とただただ、話を聞いてくれる人という人を求めることが多くなっています。

 

グループの中にそのような人が入っていると、よく知っている事柄に対して「自分が物知りなんだ」と相手を優越感に浸らせることができます。この役割をこなすためには、知ろうとしないことが大事です。嘘をついてしまうと一発でグループから弾かれてしまいます。中途半端に知っていることが一番嫌われます。よく言われる、知ったかぶりというタイプの人間です。

 

以前、私はずっとさまざまなグループにいるためには趣味の範囲を広げて話の輪の中に入れなければいけない、そう思っていました。しかし、どんなに頑張ってもアニメや漫画の話についていくことはできませんでした。

 

友達の中でも、OVA(オリジナル・アニメーション・ビデオ)から王道まで、それぞれが好むアニメの幅が広すぎて、合わせるには気が遠くなるまでアニメを見続けなければいけないことに徐々に気付き、挫折しました。

 

しかし、周囲にアニメのことが全く分からないことがバレると、逆にアニメについて教えてくれるようになり、会話の中に入れるようになったのです。特段、そのグループに根を張りたいわけではありませんから、少し話に混ぜてもらえればそれで十分なので、あえて知識を「詰め込まれる」側に徹するということが意味のあることになると思ったのです。

 

自分の意見を言わず、まとめる役割に回る

第2段階の目標は、クラスの中で意見をまとめる役割を担えるようにすること、です。そして実際にやったこととしては、意見に同調することと一番最初に口火を切ることです。

クラスの中での話し合いの場面を想定してみましょう。または、会社での会議の場面を想像してみましょう。ほとんどの場合、全体で話し合いを始める前に、もっと小さなグループで話し合いをすると思います。まずはこの場面から私は個人的な意見をできるだけ言わないように心がけていました。

 

まず、話し合いの場面として想定できるのは次の2パターンです。

①とにかく意見を言いたい人が色々言っている。

①の場合は、色々言っている人の話が終わるのを待って、すかさず、「そしたらさ、・・・」というテンプレートともに、同じことを繰り返します。長すぎる場合は、覚えている部分を2つくらい話します。会話では同じことを繰り返しただけでも、話し合いに参加している人には「まとめてくれている」というイメージがつきます。

 

小さな集団の中にいるときから、私は話し合いをまとめ、進展させる側の人なんだ、というイメージを周囲からつけてもらえるようにしていました。

 

②誰も話し合いを始めない。

②の場合は、無理をして具体的な話を始める必要はありません。ただし、最初に口火を切ることだけは意識していました。何から話を始めるか見当がつかない時には、とりあえず、「意見考えるのは難しいよね〜、うんうん。」と言っていました。

 

これは、共感を得ることができるキーワードとして非常に有効です。②のパターンでは意見を言うことが苦手なグループにいますから、そこで意見を言おうとすると、でしゃばりだというレッテルを貼られかねません。

 

むしろ、苦手だということを共有する機会としたほうがいいです。これは周りの人が、自分のことを共感してくれる人だと認識してもらえて、まとめてもらえるように向こうから頼みに来てくれるようになるからです。

 

実際、私は自分から意見をいうことが苦手な友達から、「〇〇っていう感じのこと言っておいて」と頼まれるようになりました。

 

このように小さなグループの中でまとめたり、まとめることが苦手な人に理解を示したりしていると、徐々に、より大きな集団での話し合いでのまとめ役をやれ、という雰囲気を作ることができてきます。ここまで来ることができると、意見をまとめて集団全体としての結論を決めるように段取りをする側に回ることができます。

 

つまり、自分がどの意見に賛同しているのか、反対しているのか、という敵味方を一回一回の話し合いでむやみに増やさなくて良くなるのです。

 

こうすることで、集団の中にいる人から「頼みやすい」、とか「まとめ役」、などという評価を受けることができるようになるのです。自分の意見なんか一言も言っていないのですが。

 

人と人との中間に挟まれに行く手段

第3段階は集団にいない周りの人(外の人)に、率先して活動しているように見せかけて認知してもらうことです。そして実際にやったこととしては「伝書鳩」と「人がやりたがらないことをやる」です。

 

第2段階までで、集団の中で信頼を勝ち得ました。こうすると、集団の中で「誰もやりたくないこと」を頼まれることが多くなります。

 

クラスだったら、「ちょっと先生に言いにくいから君行ってきてよ」ということが起きてきます。

 

これはチャンスだと思っていました。クラスの中では、「いやぁ、うーん、まぁいいよ」くらいの消極的さを見せます。でしゃばりと思われないようにするためです。ついでになんて言えばいいかまで相談に乗ってもらいます。

 

そして、先生のところに行く時は、さも自分で言いにきたかのように相談した文章をそのまま言います。すると、先生からは自分で意見をいいに来る生徒だといわれます。人からの受け売りしかしゃべっていませんが。

 

これを繰り返せば、先生に言うときのテンプレも作れます。さらに、万が一上手く先生に伝わらなくても、後で文章を一緒に考えた他人のせいにできるので、意外とショックを受けずに済んでいました。

 

さらに行動でも率先さを見せるタイミングがあります。これは学校以外では難しいですが、「掃除を真面目にやる」ことです。

 

私は、特に高校の3年間は掃除をとりあえず無言で手を動かしていました。周りは雑談をしていましたが、それには参加しませんでした。大体、掃除なんて真面目にやる人はいません。

 

この「誰もやりたがらない」ことは勝手にやっても集団からはありがたがられていました。そして、周りの先生からは頑張って掃除をしているんだね、と言われていました。

 

これは周りがほとんど適当にやっているので、比較して見ると、すごく主体的な人間に見えるということです。10分間、無言で掃除をする。これだけで十分です。ポイントは「誰もやりたがらない」作業を黙ってやることです。

 

集団内の人からはその人からすればやりたくないことをやっているので「きっとあの人は自分からやっているんだ」と思われていました。私からすれば、10分黙って時間が過ぎるのを時計とにらめっこしていただけなのですが。

 

主体的な性格にならなくても、主体的だと評価されることは可能

このように集団の中と外で態度の見せ方を変えることによってあたかも主体的であるかのように取り繕うことができます。集団内では共感を、集団外には「隙間」を狙って振る舞うと、私は主体的な人間性を持っているという評価を得ました。

 

実際は私は、人見知りで人前に立つのは苦手な人間です。社会の中でも、私と同じように、引っ込み思案で前に出ることが難しいと感じている人が多いと思います。そのような人は、主体的にならなければいけない場面で何をすればいいか分からない、と思うと私は感じています。何より、私が非常に悩みました。

 

そのような皆さんは、ます始めに集団の中で、第1段階でご紹介したように、共感を感じてもらう受け皿になることから始めてみるのはいかがでしょうか?これなら、自分の意見を言わなくても、みんなに合わせていれば徐々に共感の受け皿になることができます。

 

 

山田亮進のプロフィール画像

山田亮進

リアルドラゴン桜プロジェクト講師。主体的に勉強する楽しさを伝えるため日々奮闘中。オンライン授業の毎日で、生活は完全なニート状態。