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東大生が大きな違和感を抱いた「煉獄さんのあの名言」

東大生が大きな違和感を抱いた「煉獄さんのあの名言」

 

みなさんは土曜プレミアム『鬼滅の刃無限列車編』をご覧になりましたか?

去年日本中を騒がせた今作ですが、テレビで見てもやっぱり大迫力でしたね!

 

特に、煉獄さんの大活躍!あの格好良さはたまらない!

あんなに観る人すべての心に大きな感動を残していったキャラクターは、『鬼滅』全体でみてもなかなかいません。僕は単行本派でしたが、漫画版の頃から面白すぎて、ページをめくる手が止まらなくなったのを覚えています。

 

僕は鬼滅の大ファンなので、もちろん映画版も観ました!ですが、改めて『無限列車編』を観劇した時、僕は劇中で煉獄さんが放ったある名台詞について、強い違和感を抱きました。それは「俺は俺の責務を全うする!ここにいるものは誰も死なせない!」という言葉です。

 

一見すると普通の決め台詞に見えるかもしれません。ですが、ここでこう考えた人はいませんでしたか?「あれ?煉獄さんは鬼殺の剣士のトップで、鬼を殺すことが一番の目的なんじゃなかったっけ。猗窩座を殺すのが目的じゃないの?」と。

 

これではまるで、煉獄さんが炭治郎たちの身をかばうあまりに、鬼殺の剣士としての職務を放棄しているかのような印象すら受けます。

 

ですが、実はこのセリフこそが、煉獄さんが柱になれた理由を最もよく表しています。「なるほど、確かに彼が柱なのも納得だ」と思わされる点が、この一言の中に「これでもか!」と凝縮されているのです。

 

今日は名言に隠された「煉獄さんの隠された魅力」についてお伝えします!

 

 

煉獄さんは職務放棄をしていた?

 

煉獄さんの名言に隠された彼の魅力とは「リーダーシップ能力の高さ」です。

彼は、あのたった一言を言い放つことで「煉獄さんは理想の指揮官としての能力をもっている」ことを明らかにしたのです。もちろん職務放棄などはしていません。

 

たしかに、鬼滅の刃本編において、鬼殺隊の剣士たちは「この世のすべての鬼を全員滅するために生まれた組織」と説明されています。

 

ですから、模範的な「鬼殺の剣士」は鬼を殺す能力が高いもののことを指すように見えます。実際、柱をはじめとする剣士たちは、死ぬ思いで修行を積んで鬼を殺すための力(呼吸術)を手に入れ。刀一本で異常な術を使う鬼たちに立ち向かいます。

 

言うなれば、鬼殺隊とは「絶対鬼を殺すマン」たちの異常者集団です。となると、一見した限りでは彼の責務は「上弦の鬼である猗窩座を確実にこの場で葬り去ること」に思えるでしょう。

 

それにも関わらず、彼は全うすべき「俺の責務」として「ここにいる人は誰も死なせない」という決意表明をしているのです。これでは、彼に課せられている任務とやろうとしていることがミスマッチという感じがしませんか?

 

ですが、ここは全くミスマッチしていません。なぜなら、炭治郎たちは一般の鬼殺の剣士ですが、煉獄さんは最高役職である”柱”であるからです。

 

 

“柱”

 

柱とは、剣士たちの最高役職であり、戦闘能力に特に秀でている数名の剣士たちが任命されます。

 

ですが、ただ強いだけでは柱になることはできません。なぜなら、柱になるということは、一人の戦士という役割を超え、様々な責任や縛りが課されるからです。つまり、先を見据えた行動や、常に目標を見誤らない大局観が求められます

 

豊富な経験から視野が広く、様々なことを処理できているように見える煉獄さんに対して、一般の剣士である炭治郎たちは、まだまだ視野が狭いように描写されています。そのせいで様々な危機に陥ることがあります。

 

例えば、爆走する列車の上で、炭治郎と魘夢が初めて対面するシーン。彼が魘夢の首を切り落とすと、魘夢の口からは既に列車と融合していることや、乗客すべてが人質であることが語られます。

 

鬼の首を落とすまでは炭治郎の優勢に見えましたが、その実情は全くの逆。彼はあっという間に追い込まれてしまいました。

 

そして、彼はこうなってからようやく「まだ眠っているかもしれない」善逸たちに助けを求めます。実際、禰豆子が三人の切符を燃やして眠りから目覚めさせていなければ、百人以上の犠牲が出ていたかもしれません。

 

結果論にはなりますが、彼は魘夢に対峙するより先に、仲間の剣士たち全員を起こしておくべきでした。

 

鬼を殺すこと以上に、まずは一般人に犠牲を出さないと言うことが、何よりも重要なはずです。しかし、気が逸って目の前にある鬼の首に食いついた結果、彼はまんまと敵側の罠にはまってしまった形になったのです。

 

「敵が列車と融合する」なんて普通に考えればあり得ないように思えますが、鬼の使う血鬼術は何でもありのインチキ超能力です。何があってもいいように、常に万全の準備をこらしておくべきなのです。

 

一方で、煉獄さんはこの点を深く理解しています。猗窩座戦で彼が発した「俺は俺の責務を全うする!ここにいる者は誰も死なせない!」という言葉は、「誰も犠牲を出さないことが最低条件である」ことを深く理解していなければ出てきません。

 

さらに、彼の「ここにいる者」という言葉から、煉獄さんの中ではおそらく以下のように優先順位が決まっているように思えます。

 

1.一般人の命

2.部下の命

3.悪鬼滅殺

4.自分の命

 

もしも、煉獄さんの中で「悪鬼滅殺」が最優先目標であったなら、きっと彼はためらいもなく炭治郎や伊之助に自爆特攻を命じたでしょう。そして強制的に隙を出させて敵を討ち取る戦術を選択したでしょう。

 

「鬼を殺すこと」の本質は「人間を鬼から守ること」にあります。剣士たちが「鬼滅の刃」を振るうのは、人々を守るためです。鬼を殺すために大事な部下や一般人に犠牲を出してしまっては、本末転倒なのです。

 

彼は、柱としてこれをよく理解していました。だからこそ、死にかけの炭治郎たちを含む「自分以外のすべての人」を守るために戦い、猗窩座を退けるにとどまったのです。彼は、殺し合いには負けましたが、防衛戦には勝利したのです。

 

彼の最期の戦いの目的が「自分以外のすべての人」の防衛にあることは、ラストシーンで炭治郎にかける言葉からも分かります。

 

彼は、猗窩座に追いすがらんとする炭治郎へ「竈門少年が死んだら俺の負けになってしまうぞ」と声をかけます。

これは裏を返せば「炭治郎が死ななければ俺の勝ちだ」ということです。

 

確かに猗窩座は鬼殺隊最高戦力のひとりである炎柱を殺しました。

しかし、それ以上の被害を出すことができず、半ば敗走する形での撤退を余儀なくされています。煉獄さんは、自分の命を糧にして、明日の勝利をもぎ取ったのです。

 

この大局観こそが、煉獄杏寿郎という人物の優秀さを最もよく表している能力であるように、僕は考えます。

 

自分の目的はなんなのか、何を持って目的を完遂するのかを常に考えつつ行動する能力は、社会に出ても大変求められるものでしょう。彼のような大局観を持つことが、自分で物事を引っ張るリーダーシップ能力の成長につながるのかもしれません。

 

 

布施川天馬のプロフィール画像

布施川天馬

自称「貧困東大生」。本を出したりWebメディアに記事を書いたりして生活してます。将来は雪が降る街に住みたい。