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東大生のオタク性を描く~大学教授オタク~

東大生のオタク性を描く~大学教授オタク~

皆さんは、「オタク」と言えるような分野を持っていますか?

 

オタクと聞くと、サムネイル画像のようなイメージがすぐ思い浮かぶ人も多いんではないでしょうか。「オタク」とは、「好きなこと、興味のあることにのめり込んでいる人」とでも定義することができるでしょう。

 

僕は、この「オタク」こそ主体的な存在なんじゃないかと思っています。

 

オタクの主体性

僕の主体性の定義は「自分なりの決断に基づいてひたむきになる」でした。オタクは、まさに自分が好きだと思ったことにひたむきになっている存在そのものです。

 

では、オタクにはどんな特徴があるでしょうか。

 

それは、自分の好きなものについて徹底的に調べること、そのものを知るためにかかる時間やお金などのコストを惜しまないということだと思います。

 

特に好きな分野でもなければ、何かを調べていても、途中で「これくらいでいいか」と思って調べるのをやめてしまうのが普通だと思います。

 

しかしオタクは、自分が好きなものを調べることに全力です。そのものについての基本情報だけでなく、背景にどんな事情や歴史があるのか、周辺の人間関係や他分野との関連がどうなっているのか、などと言ったことを調べ尽くして、とにかく掘り下げたい、もっと知りたい、と思うオタクが多いのではないでしょうか。

 

時間やお金を存分にかけて、自分から積極的に情報を得ようとすること。これはまさに主体性ともかなり関係することでしょう。

 

何かを調べるということ、何かを本気で考え追いかけるということには結構な負担がかかります。時間などはある意味で見えやすいコストです。それだけでなく、頭の片隅に(人によっては思考の中心に)そのものがずっといるということは、思った以上に負荷がかかることではないでしょうか。これを苦だと思わずにあえてできること、むしろそれを楽しんでいることというのは、オタクの強みだと思います。

 

そして、大学に入ってから僕がオタクと言える分野があるとすれば、それは「大学教員」です。

 

好きになるきっかけ

僕が大学教員オタクになったきっかけは、「まず調べてみた」ことでした。

 

そもそも大学教員のことを調べ始めたのは、「何事にもなるべく準備をしてから臨みたい」という僕の性格によります。僕は普段から、何かを始めるときにはまず準備をして、自分を安心させてから物事に取り掛かりたいと思うのです。

 

もちろんどれくらいの準備をしていくか、というのは場合によりますし、時にはほとんど準備無しで飛び込んでみることもあります。

 

しかし、自分がこれからある程度の時間を割かないといけないと決まっていることや、その分野についての知識が不足しているという自覚があるときには、なるべく事前準備をしておこうと思うのです。

 

そして、大学の授業に臨むにあたってもそれは同じでした。せっかくその先生の授業を聞くなら、担当の先生がどんな人なのか、先生が指定している教科書はいくらぐらいの値段で、おおよそどんな事が書いてあるのか……などなど、あらかじめ最低限の情報を得ておきたいな、と思っていました。

 

そういうわけで、先生のシラバスを熟読し、指定教科書の情報を漁って、researchmap(大学教員・研究者の業績データベース)でその先生の出身などを調べて……ということをしているうちに、ハマってしまったのです。

 

なぜ僕がこれまでにハマったのか、それはこれから述べる3つの魅力が関係しています。

 

魅力1:尖っている

大学教員の魅力は、まず第一に「尖っている」、つまり個性的だということです。

 

そもそも、皆さんの周りに「大学の教員になりたい」と思っている人がどれだけいるでしょうか?

 

例えば、2020年3月(2019年度末)の労働力人口は6737万人です。そして、2019年度の学校教員統計調査によると、大学の本務教員は約18万5000人。つまり、日本の労働力人口のうち大学教員はわずか2.7%程度ということになります。

また、大学教員のほとんどが大学院の博士課程に進学しています。この博士課程進学率を見ると、同年代人口のうちわずか0.7%であるという推計もあります。

 

いずれにせよ、大学教員になるということは、少なくとも現代日本においてはそれだけでとても稀有なことなんです。そして、そんな先生方はそれぞれ独自の専門分野を持っていて、一生をかけて各々のテーマに取り組んでいます。

 

それぞれの先生方が専門としている分野は本当に多様で、例えば一口に「憲法」といったとしても、いわゆる「人権」に関する話なのか、国会などの機関を扱う「統治機構」に関する話なのかというふうに分類でき、さらにその中に細かな分野があります。

 

大学で行われる授業や、授業において教科書指定される先生方の著作は、そうした研究の成果の一部を発表したものであり、「どんな授業を展開しているか」「どんな著作を書いているか」を知ることは、そのままその先生の興味関心をうかがい知ることになります。

 

日本にもそうそういない稀有な存在が持っている興味関心、それもちょっとした趣味ではなく、仕事として追い求めたいと思っている関心、あなたも気になりませんか?少なくとも僕はそれが気になります。

 

だからこそ、全大学教員のことを追いかけることは到底できませんが、せめて自分の授業を担当される先生方のことくらいは知りたい!と思ってしまうのです。

 

魅力2:歴史がある

第2の魅力、それは、学問の世界に存在する歴史を垣間見ることができるということです。

 

僕は高校の頃、世界史の授業が好きでした。特に、自分が知らなかった思わぬつながり、一見関係ない国や地域、人物同士に関係があったり、長い年月を経てかつての考え方が再興したりする様子が好きでした。

 

このような歴史があるのは大学教員の世界でも同じです。ほとんどの場合、先生方には「師匠」とでも呼べるような、「先生の先生」が存在します。先生方は、それぞれ自分が師事する先生の系譜を継いで(ときには反発して)、その学問を発展させてきたのです。

 

そして、様々な学問には「学派」と言われるものや、論点ごとの様々な対立が存在します。

 

そうした対立を一つ一つ追っていくと、複数それぞれの主張に正当な背景や歴史が存在することがわかります。同じ大学で講義を担当されている教員同士でも、学説上は激しく対立していたという例もあります。例えば、かつての東大法学部の刑法分野においては、現代にまで通ずる2つの学説(「結果無価値論」と「行為無価値論」)それぞれを唱える専門家が存在し、激しい対立を繰り広げていました。結果的に一方の有力者が早くして亡くなったことにより、もう一方の説が東大内で主な位置を占めて今に至る、というエピソードがあります。

 

こうした歴史を少しづつ紐解いていくことと、今まで積み上げられてきたことを自分なりに噛み砕いて理解していくことは、一般的な歴史の面白さにも通ずるところではないでしょうか。

 

魅力3:自分のためになる

これは厳密に言うと「大学教員を好きな理由」ではないのですが、魅力としてはかなり大きいです。

 

高校生の時、ほとんどの学校において先生は自動的に決められているものですよね。そうすると、どの先生に教わるか、この先生はどんな分野が得意なのか、などという話はあまり出てこないと思います(僕の母校には、各先生の出身大学や興味関心、面白発言などを収録した同人誌が存在しましたが、これは例外でしょう)。

 

それに対して大学生は、授業の多くを自分で自由に選ぶことができます。その際には、どの先生から教わるか、その先生はどんな人なのかを事前によく知っておくことはとても重要なことになります。

 

しかし、自分の周りを見ていると、僕のように先生のことをあれこれ調べている人はあまりいないように見受けられます。これはとてももったいないことだ!と僕は思います。

 

先生の関心を事前に把握しておけば、「授業で熱を入れて語るのはどこか」「テストにはどの分野が出題されやすいか」「より深い学習をするためにはどうすればいいか」などといったことを予測できることになります。

 

例えば憲法の授業を履修していて、「司法試験でよく出題されるのは「人権」の分野だけど、この先生の専門は「統治機構」の方にあるようだ」ということが分かったとします。このときあなたがやるべきなのは、司法試験用のテキストで一生懸命勉強することではないはず。むしろ、その先生独自の関心が現れている著作を読み込んだり、授業の復習に集中したほうがいいですよね。

 

その先生がどんなことに関心を持っているのか、先生の師匠は誰で、先生の主張はどんな思想の系譜に連なっているのか、ということを調べることは、それ自体楽しいことです(少なくとも僕にとっては)。これが成績アップの役に立つとなれば、これはもうやらない手はないと思いませんか?

 

好きなことにひたむきになる

このようにして、僕は大学教員のことを思い切り調べて楽しんでいます。シラバス(大学の授業紹介冊子)や教員のプロフィールなどをただ眺めているだけで1,2時間が経過してしまっていることもあるくらいには、のめり込んでいます。

 

なぜこんなにひたむきになれるのか?それは、僕が大学教員について知ることが好きだからです。「好きになるのに理由なんてない」という言葉があるように、今まで語ってきた3つの魅力は、あえて説明しようとするならこうなる、というものです。なぜ好きなのか、ということをもっと深く掘り下げていくと、また違ったものが見えてくるかもしれませんし、「理由なんてない」というところに落ち着くかもしれません。

 

とにかく、ここで重要なのは、「自分にとって好きなことが見つかると、それにひたむきになる=主体的になる楽しさが分かる」ということです。

 

僕は別に、大学教員に興味がない人にまで無理やり調べさせようとは思っていません。いやいや取り組んでも楽しくないし、そこに主体性はないからです。

 

自分で「これは好きだ」、あるいは、明確に何が好きなのかわからないとしても「これをやるのはそこまで苦痛じゃない」というものを見つければ、自分からそれに取り組むことができるはずです。

 

参考

「政府統計の総合窓口(e-Stat)」、「労働力調査」(総務省)

「政府統計の総合窓口(e-Stat)」、「学校教員統計調査」(文部科学省)

大学院の現状を示す基本的なデータ(文部科学省)

河内誠人のプロフィール画像

河内誠人

カルペディエムLIFE編集長。法学部で勉強中。数年ぶりに紙のカードゲーム(デュエルマスターズ)復帰しました。