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文学部はガチ理系だった?

文学部はガチ理系だった?

 

みなさんは文学部と聞くと、どんな学部をイメージしますか?高校時代の僕のイメージは、「文」学部なんですから、文学を学ぶといった感じでした。もちろん、数字や機械なんて一番縁遠くて、ずっと図書館にこもっているような……。

 

しかし、現実の文学部はそうではありません。本当のことを言うと、文学部の真の姿は、ほぼ理系学部。「え、君たち理系でしょ?」と疑いたくなるほど、数字や機械を使うんです!!

 

もちろん本もガツガツ読みますが、それは大学生になれば文系理系問わずみんなやること。むしろ、僕個人の感覚としては、理系の人の方が、難しそうな本を大量に読んでいるイメージすらあります(特に数学系や医学系など)。

 

実は、文学部は文系学部の中でもかなり機械を扱うことが多い学部なんです。頭に電極を付けて脳波を計測したり、放射線測定によって年代を絞り出したり、自分でプログラムを組んで膨大なデータを処理したりもします。

 

今回は、文学部がガチガチの「理系」学部であるという秘密を、みなさんだけにこっそり教えちゃいます!

 

 

 

「文」学部は文学だけじゃない!?

 

そもそも、みなさんは文学部に通う人々が、何をしているかご存知ですか?もしご存じないのであれば、一度想像してみてください。僕ら文学部民は、毎日いったいどんなことをして過ごしているでしょうか。

 

おそらく、皆さん思いつくであろう「文学研究」は、文学部の主な研究の一つです。日本文学はもちろん、アメリカやフランスなど各国の様々な文学について、様々な角度から切り込んでいきます。

 

一口に文学といっても様々ですが、例えば小説の場合を考えてみましょう。小説のストーリーが定まっているからと言って、すべてがハッキリとわかっているわけではありません。ある一文をとってみても、それがなぜそのような表現になっているのか、それはどういう意味なのかなどなど、議論すべき点がたくさんあります。

 

次に思いつきそうなのは歴史学でしょうか。これは、歴史上に残された様々な文献などをたどり、古代や中世、近世などの歴史を紐解くことで、現代を生きるうえでも役に立つような、様々な傾向、事実を発見することを目的とした学問です。

 

さらに、宗教学なんていうのも文学部に入ります。原始的な宗教から、世界三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)など、さまざまな宗教について研究を行い、どのような過程を経て発展したのか、どのような教義があるのかなどについて考察を行います。

 

意外かもしれませんが、心理学や社会学なども文学部に含まれたりします。人間の脳の働きや心理などを、様々な方法で解き明かしていくことを目的とした学問ですね。

 

ちなみに僕の専門は「言語学」です。勘違いされやすいのですが、世界中の様々な言葉を学ぶのではありませんよ。それだけではなく、言葉自体に共通するルールや、発音の規則などなど、「言葉」の様々な側面を丸裸にすることを目的とする学問です。

 

このように、文学部は非常にカバー範囲が広いんです。「文」という一文字からは想像もできないほどに、いろいろな要素が組み込まれている闇鍋のような学部、それこそが文学部なんですね!

 

 

 

実は理系的なこともする?

 

さて、いまお話に出てきた「歴史」「心理」「社会」「言語」という分野ですが、実はこれらが大変理系的な活動をする分野なんです。

 

どこが?と思われたかもしれませんね。なんとなく、心理などは脳波を計測するというイメージがつくかもしれませんが、特に歴史や言語なんて、何をどうやったら理系になるんだろうと思うことでしょう。

 

歴史学を深めるうえで、一番大事になるのは「その歴史的な証拠となるものが、いつごろのものなのか」ということです。その調査にあたって、必ず機械を使わなくてはいけなくなるんです!

 

例えば、仮に「江戸幕府は、実はこっそり生き延びていた明智光秀が操っていた」なんて証拠文書が出てきたとしましょう。そうなると、まず行われるのは「その文書は本物なのか」の検査です。この検証は様々な角度から行われますが、そのうちの一つとして「江戸時代にできたものなのか」も審査の対象に入ります。

 

あるものが、いつ頃の時代にできたのかを調べるには、例えば「放射性炭素年代測定」という方法を用いることができます。C14という特殊な炭素原子は、ある一定の年季を経て半減していくので、この炭素がどれほど残っているのか調べると、どれくらい昔のものなのかを判断することができるのです。

 

ですが、原子なんて肉眼では当然見えません。なので、特に考古学などをやっているような大きな研究施設だと、大量の文献や資料に混ざって、大きな機械も置いてあるのが普通なんです。大きな機械をゴリゴリに使っていくなんて、「文学」や「歴史」のイメージからはなかなか想像できませんよね。

 

言語学は、これよりも理系です。なんと、自分でプログラムを組んだり、そのプログラムでデータを集めたりするんです。

 

先ほども言ったように、言語学で扱うのは「言葉の様々なルールや性質」です。これらは、実際にどのように言葉が使われているのかを観察することでアプローチしていきます。僕らの話し言葉もそうですし、今こうして書いている書き言葉などももちろん含まれます。

 

ですから、研究のためには、実際に話されている様子を記録した録音データや、Twitterやネット掲示板の書き込みのような書き言葉データなどの、大量の言葉についてのデータが必要になります。

 

ですが、録音はともかく、何万、何十万以上の書き言葉データの中から、自分の探している言葉や方言についてのデータだけを抜き取るなんて、至難の業です。いくら時間があっても足りません。

 

なので、そこをプログラムに任せるんです。自分で集めたいデータを勝手に集めてくれるようなプログラムを組んでデータを収集し、それらを扱って研究をしていくのが、言語学の一つの研究方法なんです。これは割とオーソドックスな研究で、実際に東大文学部に来ると、自然言語処理という技術を習得するために、東大の教授から直々にプログラミングを学ぶことができます。

 

 

 

まとめ

 

「実は理系チックな文学部」のツアーはいかがでしたでしょうか?「文学部」という言葉の響きからすると、理系的な内容を扱うことなんてないと思われるでしょうし、かなり意外に思われたかもしれませんね。

 

 ですが、そもそも文系理系という区分は、高校までの区分けにすぎません。大学に入ったあとは、文系の人だって難しい計算やプログラミングをしますし、理系の人だって難解な書物を読んだり、外国語学習をしたりします。

 

それらは、すべて「必要だから」です。どうしても、必要なデータを求めなきゃいけない。だから、文系でも計算やプログラミングをしたり、実験をしたりして、データを数値としてかき集めます。逆に、理系でも、海外の有名論文を読んだり、逆に海外大との合同学会に参加するなどして、言語的な能力が必要になることは多々あります。そうしたら、どれだけ嫌でも言葉を学習しなくてはいけません。

 

いま自分は高校生なんだから、そんなに未来のこと言われても分からないよ!と思われるかもしれませんね。でしたら、文理選択の大きなヒントを一つだけ。

 

僕がこの記事から伝えたかったことは、「文系だから数学はいらない」とか「理系だから国語はいいや」という考えは、大学に入ったら通じないということです。

 

僕自身も身に覚えがあるのですが、苦手な科目からはついつい逃げたくなってしまいますよね。そうして、理系科目が苦手なら文系が、文系科目が苦手なら理系が、それぞれ輝いて見えるようになるかもしれません。

 

ですが、そうして逃げても結局大学に入ったら再会を果たすことになるかもしれません。それも、何重にもパワーアップして帰ってきた強化版です。一度逃げ出してしまったら、また立ち向かおうとすら思わないかもしれません。

 

ですから、文理選択は、できない科目からの逃げではなく、自分のやりたい勉強や就きたい仕事など、内なる欲求に従って、選ぶようにしてください。「経済について学ぶには、どの学部に行けばいいんだろう?」「獣医師になるには、どうすればいいのかな?」というような、自分の中の素朴な疑問に耳を傾けて、それらに正直になってみてください。

 

 そうして選択すると、今からの1年~2年は苦しくなるかもしれません。ですが、さらにそこから4年~5年もすれば、その苦しさなんて吹き飛んでしまうような、満足感を得られると思いますよ。

 

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布施川天馬

自称「貧困東大生」。本を出したりWebメディアに記事を書いたりして生活してます。将来は雪が降る街に住みたい。