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主体性なし人間が東大に入った末路〜知の牙に精神を喰われるまで〜

主体性なし人間が東大に入った末路〜知の牙に精神を喰われるまで〜

東大にいくな?

こんにちは。山田です。

少し前の話になりますが、今年春にドラマ「ドラゴン桜」が放送されました。その第1話では、桜木先生が「東大には行くな!」と言っていました。東大に行かせようとする話にも関わらず、反対のことを言っていますね。続けて桜木は「お前らには東大に行くほどの価値のある人間なんかじゃない!」と生徒たちを挑発するような物言いをしていました。

 

実は私はこのフレーズに非常に共感しました。事実、過去の私を桜木先生が見たら、同じことをズバッと言われていたでしょう。そして、実際に東大に入った後過去の自分のままだったら、後悔していただろうと思うからです。

 

さて、ここで皆さんにお聞きします。東大に行くほどの価値などない人間が学力だけ高く、二次試験の問題も解けてしまうという理由だけで東大に入ったらどうなると思いますか?実はそのような人は間違いなく大学に入ってから苦労することになるでしょう。今回はそんなお話です。

 

あくまでも今回のお話は聞いた話をベースにした完全なるフィクションです。実在する学校、団体とは一切関わりはありません。

 

 

価値のない人間とは?

ここで一旦、価値のない人間とはどのような人のことを指すのか決めておきたいと思います。簡単に言えば、主体性のない人間のことです。無気力、無関心、なんとなくで生活している人のこと、としましょう。

 

とはいえ、勉強はそれ相応の塾でノウハウを教えてもらい、その通りにやっていて、かつ飲み込みが早ければ十分に大学入試は突破することができます。そこに主体性が絶対に必要か、と言われれば答えはNoになります。現実的には主体性のない人間が東大に入ることは可能である、そう思います。

 

 

タイムリミットは半年間

さて今回登場してもらうのはSくんです。Sくんは先ほど紹介したような典型的な無気力タイプの子です。そんなSくんは、周りから頭が良いからとりあえず東大に行っとけと言われて勉強していたら東大理科二類に受かりました。さて東大1年生の始まりです。半年もあれば十分に喰われます。

 

 

入学直後から夏学期前半

さぁ、入学直後、同じクラスになった人と自己紹介をするようです。

 

クラスメイトA「初めまして。灘出身、理三のAです。高校の時は数学オリンピックで国際大会出てました。よろしくお願いします。」

クラスメイトB「こんにちは。桜蔭高校出身、理二のBと言います。高校の時は学園祭とか学校行事でリーダーやったりしてました。よろしくお願いします。」

Sくん「こんにちは。理二のSです。特にこれといったこともないですけど、よろしくお願いします」

クラスメイトC「工学部推薦のCです。高校の時はロボコンで優勝したこともあります。めっちゃロボットのプログラミングとか大好きです。よろしくお願いします。」

 

クラスの自己紹介が一通り済んだ後、Sくんの周りには〇〇オリンピック優勝とか、国際オリンピック日本代表でした、といった、既に高校のときに輝かしい実績を携えて東大に入っている人が一定数いるということが事実として目の前に降ってきます。さぁ、Sくんには何も言えることがありません。ここでSくんは、すごい人たちばかりだ、と知の実績に圧倒されてしまいます。

ここでさらに降りかかる大きな壁がSくんを襲います。進学選択並びに優3割規制です。

 

少し補足しておきます。東大に入学すると一般試験入学者は全員基本的に教養学部前期課程という学部に所属します。その後、大学3年生に進級するタイミングで後期課程の専門の学部に配属されます。複雑な説明は省きますが、ここでは1年生から2年生の夏学期までの成績でいくことのできる学部が決められます。簡単に言えば、行きたい学部に行くためには大学に入ってからの成績をそれ相応に取らなければいけないのです。(一部例外もあります)

 

東大では「優上」、「優」、「良」、「可」、「不可」の評価があります。最も成績の良かった人が優上で、不可であれば、単位を受け取ることはできません。そしてこの評価基準には、優3割規制というシステムが存在します。これはある授業の履修者の約3割に「優」の評価を与える、というシステムです。簡単に言えば、東大の成績は上位は「相対評価」であるということです。自分がどれだけ頑張ってもさらに上が多数いた場合、優の評価がもらえないことが起きうるのです。

 

さて、Sくんの様子を見てみましょう。Sくんはこの2つのシステムの存在を知り、焦ります。なぜなら、周りは高校のときから実績をあげている人だらけ。しかもその人は東大の中ではあたかも普通の人のように見えてしまうほど、同様の実績を持った人がわんさかいるからです。

 

Sくん「自分がいくら頑張っても教授と対等に議論できるレベルでその科目ができる人達には勝てないなぁ、もう授業も嫌になってきたなぁ。」こう考えるようになってしまいます。

 

そして、どんどん自分に自信がなくなってきた状態で授業が始まります。

授業が始まると思った通りの光景です。大学の授業ペースにはついていけず、でも周りの人は理解した上でどんどん質問もしている。勝手に先取りして勉強して授業に出てこない人も出てくる。それでも内容はわかっているようだ。やりたいこともないSくんは大学の授業が何のためにあるのか、なぜ自分が大学に来たのか、考えるようになります。しかし、今まで主体性を持つことのなかったSくんには自分の中にその答えなどはありません。

そして授業は進んでいく。もうわからないところがわからない。負のスパイラルです。

 

こうして半年が過ぎ、惨憺たる自分の成績と周りの「いやー良かー、優取れたよなぁ」という言葉さえも、卑屈になって自慢にしか聞こえなくなってきてしまうのです。

 

このまま夏休みも終わりを迎え、進学選択に今の成績が使われるとなったSくん、進学選択で入れるところに入れればいいや、とすっかり投げやりになってしまったようなのでした。。。

 

 

 

結局

いかがだったでしょうか。

Sくんは東大に入った後、すっかり自暴自棄になってしまいました。主体性という盾がなく、知の牙に噛みつかれて、英気をすっかり奪われてしまいました。

何となく東大に入ると、まずは入学直後の学歴の実績の差にメンタルをえぐられます。さらに授業が始まると高校の授業のようにはいかず、週に1回しかない授業ですごい量の内容を扱い、1週間で自力で覚えてくる、というように授業のタイプも変わり、それにも面食らいます。

 

東大に限らず、大学という場所において求められるのはやはり主体性なのではないかと思います。自分のやりたいことが明確に具体的にあって、かつそれを実現させるために努力することができなければ、どれだけ頭が良くても、どれだけ頑張っても大学では失敗して、大学になんか来なければよかったと高校の自分を恨んでしまうのです。

 

あくまでも大学は経験を積む場所です。少なくとも自分の経験値を増やそうという主体性を持った人間以外が人生の数年間をだらだらと生き延びる空間では決してないのです。だからこそ、桜木先生の「東大になんかいくな」というフレーズは今、主体性なく勉強している人に届いてほしいと筆者は切に願ってやみません。

 

 

山田亮進のプロフィール画像

山田亮進

リアルドラゴン桜プロジェクト講師。主体的に勉強する楽しさを伝えるため日々奮闘中。オンライン授業の毎日で、生活は完全なニート状態。